民族と宗教のるつぼ。
これまで、まったくといっていいほど興味のなかった国なのですが、新婚旅行で妻が行きたいと言い出し、思いもしなかった訪問となりました。
一年で一番暑い時期に行ったというのもありますが、着いた瞬間からいろんな熱気にやられました。まず本当に連日40℃を越えるとは! 日中はとても観光どころではなくて、だいたい早朝から移動して昼前まで観光、あとはホテルでゆっくり、というパターン。それでも私と妻、それぞれ一度ずつ体調を崩しましたから、やはりシーズンは選ぶべきでしたね。そしてもう一つ、どこに行っても人間と、そして動物が多いこと。空港を出てデリー市内に向かうところで既に妻は圧倒&恐怖していましたが、職にあぶれた人、あるいは階級格差の名残でしょうか、郊外まであらゆる通りに人がたむろしています。動物もよく見かけました。野良牛は飽きるほど見ましたし、幹線道路をラクダや、果ては象までも。間を車やバイク、どう見ても重量オーバーなトラックが走るわけですから、そりゃ渋滞しますよね。
観光はなんといってもタージ・マハルが圧巻でした。あの壮麗さ、スケール、本当に圧倒されました。入口から、門の向こうにその姿が見えたとき、涙が出そうなほど感動したことは、生涯忘れないでしょう。
多様な人種、民族、言語、宗教によって構成されている南アジアの大国。正式名称は、バーラト Bhārat(ヒンディー語)。中央政府のほか、各州に政府がある連邦制国家。
紀元前1500年頃に遊牧民であるアーリア人の侵入があり、この時代に成立した聖典ヴェーダにもとづくバラモン教から発展してヒンドゥー教が生まれるに至る。その後、11世紀初めから北インドを中心にイスラム教勢力の侵入を受け、さらに16世紀には中央アジアのティムール族の侵入によりムガル帝国が建国される。しかし、この頃より西欧各国の進出によって植民地化が進み、19世紀後半には完全にイギリスの植民地となった。その後、民族運動の高まりとともにマハトマ・ガンディーが登場し、非暴力独立運動がイギリスを動揺させた。第二次世界大戦後、ようやく独立を迎えるが、インド内のヒンドゥー教徒とイスラム教徒の争いが収拾できず、1947年にイスラム教国家のパキスタンとの分離独立となった。現在もヒンドゥー教徒が最も多く、ヒンドゥー教にまつわる身分制度であるカースト制度の影響や差別は今でも残っており、階層や貧富の差が非常に大きい。
多くの地域では雨期が存在し、三つの季節、夏、雨期、冬に分けられ、雨期を除いてほとんど雨の降らない地域も多い。北インド・中央インドはほぼ全域に肥沃なヒンドスタン平野がひろがり、南インドのほぼ全域はデカン高原が占める。国土の西部には岩と砂のタール砂漠があり、東部と北東部の国境地帯は峻険なヒマラヤ山脈が占める。

アーグラー Agra
ジャイプール Jaipur
デリー Delhi